天皇家と信仰の自由

shirasagikara2006-01-01

60年前の1946年元旦。日本人は新聞を開いて驚いた。天皇が平服で散歩する写真が出たからだ。それに「天皇人間宣言」の詔書が載った。それまでは、白馬にまたがる大元帥の軍服姿の天皇しか見なかった。
天皇家の変身だ。変身した天皇は「天皇制存廃」の内外のかまびすしい議論のなか、全国を行脚し、手をふり、国民に語りかけた。しかし今、天皇家はもとの固い殻にこもった。その殻の中で、雅子・皇太子妃がもがいている。聡明な人であるだけ哀れだ。
天皇家には憲法の保障する信仰の自由はない。天皇家の宗教は神道のみだ。日本の敗戦後、宮中にもキリスト教の影響は少しあったがそれも消えた。
新年、また民衆は二重橋をわたり、ぎこちない言葉で挨拶する天皇に手を振ることだろう。しかし皇居正殿のガラス窓のむこうに並ぶ天皇一家は、日本一幸福そうに見えて、日本一不幸な一家かもしれない。
「真理(キリスト)はあなたたちを自由にする」(ヨハネ福音書8・32)