2006-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「匿名」と「おなら」

「あなた、おならしたでしょう」。50年も連れそっていると、わたしのわずかなしぐさで家内は悟るらしい。「無味無臭無音だ」「いやね」。 電車の中で良いにおいがただよう。思わずだれの香りかと周りを見まわす。しかし満員電車のくさいおならはたまらない。…

スーパーと老舗

四日に一度は自転車で近所のスーパーへ行きます。食料や日用品の買い出しは、わたしの役目です。スーパーは、大量生産で品数は多く、廉価販売の売り場は広くて安いのです。 このスーパーの対極に老舗(しにせ)があります。なかには表通りの大店もありますが…

孫のバプテスマ

長男の長女の藤尾真祈が、一家で出席しているバプテスト系の牛久グレース・チャペルで、5月28日もう一人の女性と共にバプテスマを受けた。高校2年生、16歳。 洗礼式に家内と立ち会った。バプテスト系だが建物の二階を借りての開拓伝道中で、沼尻亨牧師から滴…

青墨の香り

あさ墨をする。青墨の香りがただよう。わたしが書道を習った宮本沙海先生から求めた円墨だ。「羅漢」の字が浮き出ている。この字は沙海先生の師匠の内山雨海の筆だ。 中国の古墨を内山雨海が研究し大学の顕微鏡でしらべてもらい、日本では岩手県の海から遠い…

愛国心教育

26日に始まった衆院特別委員会で「教育基本法」改正法案が議論され、その中心に「愛国心教育」がある。日本には愛国心教育が足りないという考えだ。 その「愛国」ということばにわたしは生理的な嫌悪感を持つ。1930年代「愛国心教育」の真っただなかで育っ…

赤坂迎賓館での聖書研究会

きのうNHKハイビジョンで「華麗なる宮殿ー迎賓館の百年」を放映した。かつてこの建物の地下から天井裏まで走り回った者としてじつに懐かしかった。 1948年春、赤坂離宮の建物が国立国会図書館と決まった。周りは焼け野が原の東京。そこに夢のような宮殿が…

旅人をもてなす韓国の家庭

韓国へはこれまで一〇回ほどたずねたましたが、ほとんどクリスチャンの家庭か教会に、七〇回以上泊めていただき、韓国人の暖かい心にふれました。 民家では、あさ主婦の料理の音と香りで目ざめます。韓国人は朝食をしっかり食べる習慣があるからです。今はだ…

辞書を引く

「は〜い、お調べマンさん、お願い」と、家内は言葉の意味はわかっても、語源のわからぬ言葉に出会うと、わたしに調べさせる。最近では「そつがない」「こけらおとし」。 わたしは辞書で調べるのはおっくうではない。むしろ好きだ。辞書はたしかに人類の智恵…

ひさしとノア

わが家と道路をへだてたお向かいが、昨年の今ごろ、あっという間に更地になり、年末にはそこへ三軒もの家が並び建った。それを眺めて気づいたのは庇(ひさし)の短さだ。 日本の古民家には大屋根や深いひさしがある。雨風も防げるし日よけにもなる。大きな寺…

見なれた 聞きなれた

田舎から東京に来て、最初とまどうのは山がないこと。筑波山や富士山もはるかに見える。しかし山がないと田舎者は落ち着かない。平凡な山でも「見なれた」山は四季の慰め、方角を教える大事な宝。 阪神・淡路大震災後、東京に一時避難された方が、「見なれた…

新宿高島屋と貨物駅

新宿高島屋へ行った。ここがむかし国鉄貨物駅だったと知る者もいない。敗戦後、進駐軍のアルバイトで、日給の外に握り飯2個の条件につられ貨物駅に出かけた。 貨車から砂がザーッと降ろされる。それを反対側のトラックに積み上げる。その荷台に乗り代々木練…

たといそうでなくても

1971年5月、安利淑さんは酒枝義旗先生の家をたずねた。韓国で出版された自著の獄中記「死なねばならぬなら死にます」の出版の相談だ。 ご自分で日本語に翻訳して持ち込まれた原稿は400字詰で1529枚。感激家の酒枝先生は「出しましょう」と決意。それを知った…

アーメンと言えない祈り

その日、荻窪栄光教会の一室に集まった5人は、机の正面に森山諭牧師、左右に向き合い酒枝義旗先生と安利淑女史、下座に待晨堂の市川昌宏店主とわたし。1973年春のこと。 それは安利淑著「たといそうでなくても」についての話し合い。安さんは、著書が書店に…

 大相撲の審判

夏場所もはや12日目。しかし「蒙古襲来・欧露来襲」で、相撲人気は下がり気味だ。 その土俵で、一番の華はぶつかりあう力士だが、行司の存在も大きい。あざやかなデザインと色彩の衣装は200年変わらぬ烏帽子直垂(えぼし・ひたたれ)姿。立行司ともなれば、…

鄭泰時先生のこと

わたしがもっとも尊敬する韓国人は鄭泰時(ヂョン・テェシ)先生。その先生が5年前の5月に天に召された。5月の空を仰ぐとわたしの心は韓国に飛ぶ。 1967年ソウルで大韓教育連合会事務総長の先生に初めて会った。そのとき「韓国に人物あり」と感じた。それは…

「おしん」とフィリピン

一九八三年春からNHKが放送した連続テレビ小説「おしん」は、一九六六年放送の「おはなはん」とならぶ超人気番組です。しかも「おはなはん」の驚異的な平均視聴率四六%を、「おしん」はあっさり塗り替え五〇%に達し、最高では六三%にもなったそうです…

味盲と聖書

味盲(みもう)という言葉がある。「広辞苑」では「ある種の物質の苦味を感じることのできない人」とある。ひらたく言えば味に鈍感ということだ。 研究によるとフランス人や中国人は味盲が少なく、日本人は民族としては中の上らしい。しかし刺身など素材を生…

103歳の母の日

きょうは「母の日」。そこに103歳の母と81歳の息子と74歳の娘が同居。珍しい祝福。 「美しかりし若妻も/幼な子ひとり育つれば/花のかんばせいつしかに/衰えゆくこそ悲しけれ」 「幼き者のがんぜなく/懐汚し背をぬらす/不浄を厭う色もなく/洗うも日々に幾度ぞ…

忍冬 その曲線と放射線

茶花の忍冬(にんどう)が、5月になると庭の女王のように咲きついだ。梅も桃も木蓮も、花水木も牡丹や鈴蘭さえ、その花期をおえて静まった庭に、いっせいに花筒をひらき、黄色い花粉をのぞかせる。それが夜の雨で花火のように飛び散り土を赤色に染めた。 「…

背中の痛み

息苦しい左背中の痛みが10日ほどつづき、朝の「正人のイナバウア」もここ数日休む。家内にせかされて今日近くの病院へ出かけた。長く計ったことのない血圧や、心電図、胸のレントゲンを撮られた。結果は大丈夫。強い痛み止めの薬を処方されて帰宅。 その病院…

バルラハの彫刻

上野の東京芸大「大学美術館」へ、ドイツの劇作家・彫刻家「エルンスト・バルラハ」(1870−1938)展を見に行った。 会場には彼の版画なども多かったが彫刻だけを見てまわった。小品が多く、わたしが彫っている「十二使徒群像」と顔の大きさも近い。なるほど…

革新とキリスト教

日本共産党や社民党に元気がない。退潮気味だ。一方キリスト教の教勢もぱっとしない。見るところ、この「革新」と「キリスト教」は日本の歴史で不思議な一致がある。 日本のキリスト教が高揚した時期は3回。すべて日本が世界に開かれた革新の時代だ。 第1回…

補聴器入れても聞こえない

「現金も終わりだわ」と家内が言う。「現金がどうした」。「何言ってんの、連休も終わりだわと言ったの。補聴器入れてる」「入れてない」「それごらん」。 じつは昨年補聴器を買った。当時102歳の母が補聴器を入れて会話が通じるようになった。母が見るテレ…

エスさま!集会ができん!

木村英野さんという信仰ばあさんが、岡山の農村にいられた。 幸いな夢を見る方で、わたしが家庭集会へ行く葉書を出すと「うれしゅうて2回ほど集会をした夢を見たんよ。きょうの集会は三度目や」と笑う。主人の弘さんも「家内は寝言で、エスさま、エスさま言…

丁寧にしか書けない

「いつも丁寧なお便りをいただき恐縮です」と言うと、「いや丁寧にしか書けないのです」との男性の返事に衝撃を受けた。昨秋ハンセン病療養所をたずねたときだ。右手の甲にゴムひもを巻き、残った三本の指にボールペンを差し込み、ゆっくり丁寧に書かれるの…

あなたには言われたくない

けさ母と話していて「お前は耳が遠いな」と言う。たしかに耳が遠くて家内によく笑われるが、103歳の母に言われると参る。それは、わたしのほうが「まだまし」と思っているからだ。「あなたには言われたくない」という思い。反発心がそこにある。 北朝鮮やイ…

空を泳ぐさかな

「鯉幟日本男児ここにあり」。きょうは端午の節句。5月5日、子どもの日だ。 わたしの娘が、米国で初孫の男子を産んだとき、日本から鯉のぼりを送った。それを庭の芝生に立てると、ご近所の方々が「これは何か」とたずねたという。 大空に魚を泳がせる発想は…

日英・二人の気象庁長官

5月2日の「朝日新聞」朝刊「ひと」欄に「日本国際賞を受賞した英国の元気象局長官」の見出しで、ジョン・ホートン(John Houghton)さん(74)の紹介記事が写真入りで掲載された。 その「ホートン」というお名前と、「気象局長官」という肩書きから、おやっ…

日本の冠・平和憲法

むかし日本は胸を張り/「無敵の陸軍・艦隊」と/威張ったけれどみな滅び/日本国中焼け野原/いくさに負けて兵隊さん/300万人も死んでいた/アジアの人は千万も/日本が起こした戦争で/いのちを奪われ家焼かれ/日本はアジアの/のけ者に。 いくさに敗れてこの日本/…

五月のハエパン

このごろハエを見ない。蚊やノミやシラミもいない。日本は清潔な国になったものだ。アフリカから帰った青年がたずねて来て、日本の「除菌、殺菌、消臭」騒ぎを過剰反応だと批判していた。そのとおり。かえってからだの免疫力が失われないか。 むかし日本陸軍…