(日) 朝鮮のエルサレム

北朝鮮テポドンⅡ号を打ち上げるそぶり。「弱い犬ほどよくほえる」姿だ。世界に唯一残った独裁共産制遺物の貧国。将官連中が胸いっぱいに、恥ずかしげもなく勲章をぶら下げる国。国中うそで固めて「拉致でない」と韓国の親と面会させた国。その北にかつて強い教会があった。
1885年、二人の米国人宣教師が朝鮮に初渡航。夫人同伴のアッペンゼラー(メソジスト派)が先に上陸。ついでアンダーウッド(長老派)。そのため早く降りたメソジストがソウルを始め朝鮮中部を宣教地に指定。長老派は北部と南部にわかれたという笑い話。
長老派は朝鮮で初めて神学校をピョンヤンに建てた。卒業生も3年間、世俗の仕事をしなければ牧師にしない。こうして日本の植民地時代、南のクリスチャンの倍が北にいた。ピョンヤンは「朝鮮のエルサレム」と呼ばれた。
1938年、朝鮮総督府が神社参拝を強制した。南のメソジストは妥協したが、北の長老派は主の教えに従い参拝を拒んだ。200余の教会が閉鎖。2000余の信徒が投獄。50余名が獄死。
1950年の朝鮮戦争後、北のクリスチャンが大挙して南下し、今の韓国キリスト教発展の原動力となった。しかしキム将軍さまの治下に残った教会は今いかに。気になる。
「いかなる像も造ってはならない。それらにひれ伏してはならない」(出エジプト20・4)