凌霄花(のうぜんかずら)

shirasagikara2006-07-05

凌霄花が咲き始めた。これからおびただしく咲く。ああ夏がきたと思う。 
じつに生命力にあふれた木だ。木といっても一本立ちできない。あるハンセン病の国立療養所が新設されたとき、所長が園内の大木の根元にこの花を植えさせた。
凌霄花は茎の10㌢ほどごとにニカワのようなヒゲを出し、幹にまといつき上へ上へと伸びてゆく。そこから枝垂れの茎を空に泳がせ、それに無数のダイダイ色の花を咲かせる。
「火のごとや夏は小高く咲きのぼる のうぜんかずらありと思はむ」(北原白秋
ところが、毎年ニカワを出して幹にまとわり登るうち、100年の大木の松や桜も窒息してすべて枯れた。
大樹のような人物も、「大先生」「お師匠様」と、取り巻き連に、あがめられ、奉られ、いい気になっていると、いつしか大樹も枯れゆくということ。
凌霄花は、自身の幹も一本立ちができず支えがいるが、花を咲かす茎も風に吹かれてぶらぶらしなければ花芽はつけない。なんとキリスト信仰に似ていることか。自分自身キリストさまの支えなしに立てない。しかも枝垂れ茎はぶらんぶらんと、頼りなげにこの世の風に吹かれつつ、無数の花を次からつぎへ、あきもせず咲かすのだ。咲きつぐ花は朝ごとの喜びの数だ。あのこと、このこと、「すべてのこと最善となる」と喜ぶ笑顔だ。
「あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを支えてくださる」(詩篇55・23)