雷鳴と驟雨のあとの回復

きのう東京に雷鳴がとどろき、激しい驟雨が襲ったあと陽が射し、家内と娘を見舞う。
東京駅の中央線1、2番ホームは地上15㍍の高さ。そこからエスカレーターで一気に地上へ。しかし京葉線まで500㍍はある。なにしろむかしの都庁、今の東京国際フォーラム脇の鍛冶橋通りの下が京葉線だから遠いはず。しかもホームは地下34㍍。中央線から50㍍も下がる。エスカレーターを三度乗りつぎ、動く歩道を三回歩いてたどりつく。
しかし京葉線には東京ディズニーランド舞浜駅があり、若者や子どもづれがせっせと急ぐ。
検見川浜駅で下車、くるま5分の千葉県救急医療センタ−へ。6月24日に娘が倒れた日は、娘の命が助かれば感謝と思った。脳出血でも耳は利くと聞いたが、そのとおり耳が最初に開いた。ついで目が開いた。初め左目、つぎに右目。さらに右手が動いた。字が書けた。主人が預金通帳や印鑑の場所を聞くと、引き出しの絵を描いた。とうとう口が開いた。左手も右足も動く。主のあわれみ。祈りの支え。すばらしい病院。感謝にたえない。
そして手術3週間目のきのう、あたまの包帯が取れ、ぼうずあたまに黒い毛が生えていた。ニューヨークから24歳の息子が母の見舞いに帰国し二人とも泣いた。喜んだ。大手術という雷鳴と驟雨のあと陽が射した。
「わたしはあなたを癒す主である」(出エジプト15・26)