藤井武と天秤(てんびん)

shirasagikara2006-07-28

信仰の師・酒枝義旗先生からお聞きした話。
伝道者・藤井武は心から妻の喬子(のぶこ)を愛していた。その喬子が29歳で5人の子を残し天に召されたとき、藤井武は歎いて「羔(こひつじ)の婚姻」という長詩を書いた。もともと藤井は詩人肌で、岩波文庫からミルトンの「楽園喪失」の翻訳も出している。
その喬子の葬儀で、藤井の師・内村鑑三は「神様、あなたは誰よりも、藤井にとって喬子夫人がなくてならぬ女性であることをご存知のはず。なぜ彼女を取り去りたもうたのか!神よ、わたしは、あなたを撃ちたくあります!」と、こぶしを振り上げて叫んだ。
最前列でこれを聞いた藤井は「アーメン」、ほんとうにそうだと思った。だが内村は言葉をつぎ「しかし信仰は神を義とし奉ることであります」と結んだ。神の前に沈黙せよとの教えだ。
時は流れ、藤井武は酒枝先生を始め弟子たちにこう語った。「喬子が死んだ悲しみを、天秤のこちらの皿に乗せ、喬子の死を通して教えられた恵みをこちらの皿に乗せると、初めは悲しみのほうが重かったのに、今は恵みが天秤を押し下げている」。そして「喬子には近く天国で会えるのですから」とにっこり笑ったという。
わたしたちも、一人一人自分の胸に、悲しみと、恵みの天秤皿を持っている。
「あなたは、わたしを持ち上げて、投げ出された」(詩篇102・11)