沈黙の使徒・マタイ

shirasagikara2006-09-12

12使徒群像を彫っている。きのう今日、マタイをいじった。両手に巻物の「マタイ福音書」をもたせ、正面中段右端に立たせる。その右肩にうしろから、ヨハネが左手を載せる。人物群像は、顔はもちろんだが、手をどうするかが難しい。
そのマタイは聖書の中で沈黙を守る。12使徒のうち7人は聖書で発言しているが、マタイは無言だ。筆が立って、あの「マタイ福音書」を書いたというのに。
わたしはこの沈黙のマタイが好き。自分がユダヤで最下層階級の出身のことを、正直に「徴税人マタイ」と書いた。またイエスから「われに従え」と声をかけられたとき、直ちに従った。彼は公務員だから、一度その職を失うと後戻りできない。ペトロらの漁師は元の仕事に帰れる。じじつ主の復活のあと「漁にゆこう」と出かけている。
そのマタイは、税務署で一所懸命帳面づけをしていた、働き盛りのその現場から主に召された。この世の仕事に没頭し、職場で役立っているさなかの人でなければ、用には立たないと、主は見られたのだ。はたせるかな、彼の著作のおかげで、わたしたちは「山上の説教」を始め、すばらしい主の言葉を知った。そんな控え目で、内に情熱を秘めたマタイさんが彫れたらいい。 <12使徒の第3組>「フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ」(マタイ10・3)