じっこんになった12使徒

shirasagikara2006-09-29

10年ほど前、ニューヨークの美術館で、並び立つ漆黒の12使徒に魅せられ、またしてもその前へ引き返し、見つめ、こんな群像を彫りたいと願った。
志を持ち、願いつづけ、準備をしていると、主が「さあ」と戸を開いてくださる。
まず太い木の根を求めた。すると山形の独立学園から杉や栗の根っこをいただいた。今度は近くの方が桜材を寄贈してくれた。また「朝日カルチャー」が珍しく木彫講座を開催。そこに1年通った。しかしやっと彫り始められたのは2003年。
そして3年半。急がず、楽しんで、毎日12使徒を抱え、窓際の机に移したり、テーブルに立てたり、槌でとんとんノミを叩いたり、削ったり、ノミを研いだり、なぜたり、さすったりしている。あと2年はかかる。自分で選んだ材木でなく、いただいた桜材なので、堅い部分と柔らかい箇所があり、細心の注意がいるからだ。
上段3人、中段4人、下段5人の12使徒群像のおおよその顔、形、手の持ち物はきまり、その細部をいま彫っている。群像の難しさは、たがいの像がノミを入れるじゃまをすることだ。細かいところは、抱えて彫る。そのとき、「たいへんだったでしょう」と、ペトロさんに話しかけ、ユダさんにささやく。毎日、12使徒とじっこんになってゆく。
「そこで、十二人を任命し、使徒と名づけられた」(マルコ3・14)