岩波文庫80年、3億5000万冊

shirasagikara2007-07-16

この七月一〇日で、「岩波文庫」が創刊八〇年を迎え、古今の名著五四三三点・三億五〇〇〇万冊を刊行したそうです。岩波書店が日本で、古典良書廉価販売システム構築に果たした功績は特筆に値します。
岩波文庫は、一〇〇ページで定価二〇銭、背文字の下に★印があり、星二つ★★なら四〇銭、背文字で値段がわかる便利さでした。昭和一〇年代、東京の市内電車は片道一〇銭で、「往復歩けば岩波文庫の★ひとつが一冊買える」と諭され、歩いたこともあります。
驚いたことに、一九二七(昭和二)年七月の発刊第一回分として、いきなり三二冊も発売しています。「萬葉集」「こころ」「ソクラテスの弁明」「実践理性批判」「古事記」「藤村詩集」「国富論」「にごりえたけくらべ」「戦争と平和」「仰臥漫筆」など、一万冊売れて、利益はわずか二〇〇円という廉価版で、学生でも古典・良書に手が届いたのです。
「真理は萬人によって求められ」という、巻末の「読書子に寄す」を感激して読みました。この「発刊の辞」は三木清が書き、創業者の岩波茂雄が手を加えたものです。その岩波茂雄は、第一高等学校の生徒のころから内村鑑三を尊敬し、「聖書之研究」誌は、その創刊号までさかのぼって愛読しました。鑑三の熱海旅行にはカバン持ちで徒歩随行しています。彼はクリスチャンにはなりませんでしたが、内村の「聖書之研究」は、毎号自分で岩波書店の店頭の目立つ所に並べ、内村鑑三全集をはじめ、内村の弟子の著作を数多く出版しています。
むかし日本陸軍で、歴史教官の村尾次郎中尉が、岩波文庫を手にして教室に入って来たとき、その表紙を見たとたん、「ああ、岩波文庫!」と文化の香りを喜んだものです。
岩波茂雄という骨太の人物が一人いて、日本人の教養の基礎がどれだけ固められたか、パウロが一人立って、福音がどれだけ広められ、内村鑑三が一人現われて、日本人のキリスト信仰がどれだけ深められたか計り知れません。神に選ばれ、用いられて歴史を創るのは、骨太の個人です。 「わが子よ、心せよ。書物はいくら記してもきりがない。学びすぎれば体が疲れる」(コヘレト一二・一二)