新垣勉さんと、武祐一郎さん

12月21日(金)の夜、フジテレビが「全盲テノール歌手・新垣勉の軌跡」というドラマを放送した。
新垣勉は沖縄出身らしく、またラテン系米人を父にもつ血筋からも、明るい性格だ。コーヒーを飲むとき「砂糖は」ときくと、「主がお入り用です」と「主が」=「シュガー」とかさね聖書でこたえる。わたしの肩に手を置いて道を歩くとき、「ここは跨いで」というと「はい、マタイ伝」と笑わせる。その明るい彼も、暗い声で電話をしてくるときがあった。体の不調と生活の困窮が重なったころだ。夜彼のマンションを訪ねたことがある。ドアを開けた彼の後ろの部屋はまっくら。ああ彼はこの暗黒の中で生きているのかと驚き、感心。
そんな彼を助けようと、10年まえの1997年、武祐一郎さんが声をあげ「新垣勉友の会」を立ち上げた。武さんは事務局長になり、わたしは名前だけの会長になった。当時、わたしはケニアの獣医師・神戸俊平を支援して「神戸俊平友の会」をつくり、事務局を引き受けていたので、武さんの苦労がよくわかる。会長などはのんきな存在。武さんは、家族ぐるみでの会報づくり、発送、会員名簿の整理、送金処理、礼状発送、公演準備などなど、たいへんな肩のいれよう。この武さんの苦労を新垣さんは忘れるな。
それに新垣さんを世に出すきっかけも武さんがつくった。武さんが校長をしていた基督教独立学園で、枡本うめ子先生を撮っていた日本テレビの佐々木征夫ディレクターが、新垣さんに目をつけ、北海道から沖縄まで同行取材し、何篇か放送してくれたのだ。
華々しく世にでた新垣さんを祝福したい。主の恩寵だ。たくさんの支援者の支えだ。
「見よ、闇は地を覆い、暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で」(イザヤ60・2)