朝日新聞「素粒子」とわたし

2008年から「朝日新聞」夕刊第1面の「素粒子」欄執筆者が5年ぶりに交替した。毎日愛読しているので、どんな風刺コラムになるか楽しみだ。
むかし国立国会図書館につとめたころ、上司に杉村武という専門調査員がいられた。朝日新聞論説委員もされた方で、その父君は杉村楚人冠という朝日の大記者。この杉村武氏のおかげで、神社参拝を拒否した朝鮮のクリスチャン・安利淑さんの手記・「たといそうでなくても」が、朝日新聞の書評欄トップに出たのだ。
その杉村武さんが言われたのに、論説委員は毎日あつまって議論し、翌日朝刊の「社説」のテーマと執筆者を決める。また「夕刊コラム」も交替で書く。「天声人語」をつづけて書く者もいる。杉村さんも時々頼まれて「天声人語」を書いたという。しかし「素粒子」欄の執筆者は、「出社に及ばず」と自宅にいて、内外の情報を集め、毎日あの15字×4行×3本+α・200字の鋭い文章を書くのだ。
じつは2006年、わたしが毎日「ブログ」を書こうと決心したのも、「素粒子」欄に刺激されてのことだ。以前、バッハがカンタータを教会のために毎週3〜4曲つくったのに驚嘆したが、毎日コラムを書く「素粒子」氏はもっとすごいと思ったからだ。「よし<素粒子>様には及びもないが、せめてなりたや、なんとやら」と、81歳のじいさんが気張って「日刊ブログ」を始めはしたが、たった1年で音を上げて「週刊ブログ」に落ちた、このていたらく。
大新聞社にはすごい人がいる。奥深い教養、情報分析力、表現力。逆立ちしても及びもつかない。ただ飽きもせず「イエスは主なり、キリストなり」というばかり。
「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(使徒言行録2・36)