国会図書館聖書研究会と職員組合

国立国会図書館聖書研究会のクリスマスに招かれて出席した。地下鉄・永田町駅を出ると、議事堂や図書館をとりまいて林立する銀杏が、わたしが勤めていたころより幹は太く梢は高く、その全身に黄の衣をまとって見事。「議事堂をめぐる銀杏樹黄燦々」
1948年、国会図書館赤坂離宮に創設された5月に、職員組合と聖書研究会があいついでうまれた。6月5日の開館式の前だ。組合は人間がつくった。赤坂離宮正面中央階段上の広場で熱気にあふれた結成大会があり、わたしも出た。すこし遅れて聖書研究会は離宮の地下室でひっそりと10人あまりが集まり、主が始められた。
以来、職員仲間で、短歌、俳句、謡、コーラス、語学、太極拳、ランニングなど、数知れぬサークルが生まれては消えた。つづいているのは、組合と聖研のふたつだけ。職員組合がつづくのはわかるが、聖書研究会が63年もつづいたのは、主のわざ。人間わざではない。驚いたことに、聖書研究会の中心の若い職員が、いま職員組合の書記長だという。
クリスマス祝会で、昼食をしながら感話をしていても、仕事の時間が来た職員は、つぎつぎ早めに感話を終えては退席する。書記長もそうだった。聖書研究会の会員で、組合の役員になった者は多い。聖書研究会創立にあずかった清水望、石原義盛、藤尾正人の3人とも執行委員になった。藤尾は副委員長も勤めたし婦人部長の女性会員もいた。しかし書記長には驚く。書記長といえば組合のかなめ。彼は、図らずも聖研と組合の二つのかなめにいるのだ。主が用いていられる。
日本がアジア太平洋戦争で敗れたあと、総理の片山哲衆議院議長の片岡駒吉など、政治家にも労働組合出身のクリスチャンが多かった。日本社会党委員長河上丈太郎もそうだ。だから「国会祈祷会」も生まれた。高良とみ議員の呼びかけで長くつづいた。金子みつ、河上民雄議員の議員会館執務室での朝の集会にわたしも何度か出た。聖書研究会の若い職員が、職員組合の書記長になるのは何の不思議でもない。遅すぎたくらいだ。
「聖書には『脱穀している牛に口籠をはめてはならない』と、また『働く者が報酬を受けるのは当然である』と書かれています」(第1テモテへの手紙 5・18 )