「だらけ」の風景

「だらけ」と言っても「だらける」話ではない。むかしも今も信じられない「××だらけ」の風景が日本にある。
150年前の1862(文久2)年ころの日本は「お城だらけ」だ。幕末の日本で、50万石以上の大々名は8家。30万石以上が8つ。15万石以上の大名が15個。10万石以上が21。5万石以上が46。3万石以上が32。2万石台の小大名が40。大名ともいえない1万石台の、分家や家老の身分が93もある。あわせて263。「三百諸侯」と称されたゆえんだ。
うち2万石以上は城を構えたから、その数は大小あわせて163。城塞の陣屋は約100。いま残った城は12しかないが、むかしは、にょきにょき「お城だらけ」だった。それが明治6年の「廃城令」で大半は壊された。あっという間だ。さらに戦災が追い討ちをかけた。
75年前の1937(昭和12)年ころの日本は「華族だらけ」だった。「公家華族」が九条公爵を始め132。「大名華族」が徳川公爵を筆頭に394。だいたい30万石以上が侯爵になり、10万石あれば伯爵。その下は子爵。あの1万石の分家や家老も男爵だ。「勲功華族」が木戸侯爵を始め283。あわせて803(「華族授爵表」貴族院 1938)。それに「朝鮮貴族」76家や琉球の尚王家一族もあわせると、なんと900に近い華族が華やいだ時代があった。それが大日本帝国の敗戦で消滅。あっという間だ。
2012(平成24)年正月の日本はどうか。昨年、あっという間に、大津波が東日本の家も人も、なにもかも奪い去った。「国は借金だらけ」「放射能だらけ」となった。ただ見方を変えれば「自由だらけ」で、国の代表が3代世襲でも批判の「ヒ」も言えない国よりよほどましだ。小さい国だが経済力、科学技術力は世界の上位を占め、民衆の生活水準は高く、国中「くるまだらけ」「家電だらけ」。
日本は江戸時代から、将軍や天皇を浮かし、老中や若年寄、枢密院や中堅官僚が時代を担った。会社もそうだ。会長や社長がへまをやっても、ちゃんと民度の高い中間層が動く体内時計が日本人には仕込まれているのだ。明るく行こうぜ、日本。「絆だらけ」「復興だらけ」の日本にしよう。あの東日本大震災を、天のまことの神さまが憐れまれないわけがない。「恵みだらけ」の神さまを仰いで行こう、日本。
「『石だらけ』『できものだらけ』『傷だらけ』『穴だらけ』」(マタイ13、ルカ16.ヨブ40、エレミア2)