一文無し(いちもんなし)

shirasagikara2012-10-22

東京中野区白鷺のわが家から、中央線の阿佐ヶ谷駅まで直線距離にすると1500メートル。ぐるぐる小道をまわっても1800メートルくらい。そこを足弱の87歳のじいさん、杖をついてときどき歩く。
きのうも、ぶらぶら20分あまり歩いて阿佐ヶ谷まで来た。家内に頼まれた買い物をしようと、ズボンの左ポケットに手を入れると財布がない。右ポケットの小銭入れもない。帰りはバスでと思っていたが、東京都の老人パス券もない。もちろんSuica(電車バス共通パス)もない。もともと携帯は持たない。はたと困った。一文なしだ。歩いて帰るしかない。こりゃ、しんどい。
来たときは裏道だったが、帰りは一歩でも近いことを願って大通りの直線バス通りを歩く。横をバスが走る。金があってバスに乗らないで歩くのと、金がなくてバスに乗れないで歩くのと気分が違う。途中パン屋がある、コンビニもある。金があって物を買わないのと、金がなくて物が買えないのと気分が違う。
わたしの「一文なし」は、ただ一瞬のことだが、それでも不安と情けなさを感じた。東北で大津波に襲われ家族財産を無くし、突然「一文なし」になられた方々の気持ちを思う。津波からしかたがないと思っても、無念さは残る。しかも日がたつにつれ、津波原発被害以外の日本は物があふれている。それを前のように自由にできないもどかしさは何とつらいことだろう。
エスさまも「一文なし」だった。しかし、一文なしでじつに豊かだった。自由だった。なぜか。神さまと自分の垂直の関係を軸として、まかせ切っていられたからだ。わたしたちも苦しんでまかせ切ったとき、不思議な救いが上から来る。キリスト教史はその積み重ねだ。
旧約の族長アブラハムも、民族の解放者モーセも、預言者も、新約の使徒たちも、アウグスティヌスも、ルターも、日本の新島襄や、内村鑑三も、ほんとうにまかせ切って、それを体験した人々だ。ごくふつうのクリスチャンにも、そういう人が無数にいる。地上の宝から手を放すと自由になる。神の力がわかる。無一文でも力が出る。
「なにもかも神におまかせしなさい」(第1ペトロ5・7) <写真は庭の茶の花>